「コロンビアで何が起こっているか知りたいなら、バランカベルメハに行くといい」
首都ボゴタのジャーナリスト保護団体で聞いたその町へ向かった。2003年のことだった。町では毎日暗殺が起こっていた。暴力に反対する市民や活動家たちの行動とは裏腹に、暗殺がやむことはなかった。
「何故殺すのか」
そこに問題の本質があるのではないかと思い、殺し屋とのコンタクトを当たった。1週間後、一人の殺し屋から連絡がきた。コンタクト役の男に連れてこられた民家で待っていると、浅黒い肌をした若い男が笑顔で現れた。
「お前が日本から来たジャーナリストか?ダニエルだ。よろしく」
一人の殺し屋との出会いだった。
左翼ゲリラ、準軍組織、国軍による三つ巴の内戦の続くコロンビア。その首都ボゴタから北へ約250キロのところにバランカベルメハはある。国営石油企業エコペトロルが本社を置き、コロンビア経済の要所の一つでもある。元々左翼ゲリラの活動地域だったこの町を準軍組織(=コロンビア自警軍連合=AUC)が掌握したのは7年ほど前。それ以来AUCは町を支配し、ゲリラやそのシンパと見なす者を殺し続けている。
23歳になるダニエルはこの町で生まれ育った。19歳の時、仕事もなくふらふらとしていた彼に「国家の敵である左翼ゲリラから治安を守り、強盗や麻薬といった社会悪とされるものに対抗する」そうAUCの人間が声をかけた。暴力が日常化した町で育ったダニエルにとって、AUCは遠い存在ではなかった。給料をもらえ、組織の中で重要なポストに就けば人から認められる存在になれることにも魅力を感じた。そしてAUCの一派として銃を取ることを選び、以来25人を殺してきた。
「初めて人を殺したときは怖くて眠れなかった。でも4人目くらいから慣れてきて、それ以降は何も感じなくなったよ」
淡々と語る彼に「人を殺すのがすきなのか」と聞くと、天井を見つめたまま黙りこんでしまった。
数十秒後、押し殺すような声で喋りだした。
「殺しが良くないのは分かっている。でもこれが俺の生活なんだ。これで金をもらって飯を食っているんだ。それに殺すのはゲリラの仲間や、社会にとって毒となる奴らばかりだ。だから仕方ない」
人を殺してダニエルが手にする金は月にわずか200ドル。
「もし他に良い仕事があるなら、殺し屋を辞める奴は多いだろう。でも俺については何も言えない」様々な矛盾を感じながら、殺しを正当化する自分に疑問を抱かないわけではない。しかし実家の家族のために家を建て、生活を助けてくれているAUCに恩も感じていると言う。一緒に暮らしていない2人の子どもの養育費も稼がなければならない。
暴力が日常化した貧しい世界の底辺で、ダニエルは殺し屋として生きることを選んだ。より良い地位を求める人々のように、彼にとってはそれが自身の存在を認められる唯一の選択だった。
もし彼が日本に生まれていたら、今頃は渋谷あたりで遊んでいる若者の一人だったのかもしれない。
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